谷川俊太郎『他人』ーテレビでしか見たことのないあなた

こんにちは、検索迷子です。


時折、タレントさんの話題を書くと、
親近感と同時に、書いても書いても、
遠い存在だと思うことがある。
書くと気持ちが近くなって、書く前
よりも距離を実感し始めたのだろう。


ファンでなくてもこの感情がわくなら、
ファンのかたはどんな距離感で、
タレントさんを応援しているのだろうと、
ふと考えたりする。


興味があって書き出して、いまでも
書きたい話題がいくつもありながら、
なんとなく年初から書き出せないのは、
答え合わせができないじれったさを、
消化しきれてないのかもしれない。


その、複雑な感情を端的に表現してくれた
詩を紹介したい。
谷川俊太郎(たにかわ・しゅんたろう)著、
『あたしとあなた』、ナナロク社刊、
2015年7月発行より、「他人」という詩だ。

あたしとあなた

あたしとあなた

他人
           谷川俊太郎

あたし
草むしり
しています
あなた
テレビでしか
見たことのない
あなた
かっこいいあなた


世界中の人が
あなたを
知っている
つもり
会ったことなくても
話したことなくても
好きだったり
嫌いだったり


あたしの
人生は
あたしが決めるけど
あなたも
ちょっぴり
あたしを
決める


あなた
あたしの
赤の
他人


自分は草むしりに象徴されるような
日常生活を過ごし、テレビのなかの
あなたを見ている。


好きなところも、そうじゃないところも
ありながら、あなたを見ている。


あたしの人生はあたしが決めるけど、
あなたもほんの少し、あたしに影響を
与える存在だと、手放しで認めたり、
時にそれを認めるのがしゃくだったり。


でも、ぐるっと一巡して、やっぱり
あなたはあたしに影響を与えていると
認めざるを得ないほど、気になる存在で。


どんなに気にかけていても、
どんなに追いかけていても、
だけどやっぱり、あなたは赤の他人、
そう思いながら、また自分の日常に
戻っていく。


その事実を受け入れる冷静さが、
何かさみしくもあり、強くもあり、
たくましく、まっすぐなようであり、
でもなにか、愛おしさが断ち切れない
感情の揺れでもあり。


相反するものと折り合いをつけながら、
人は現実を見て、日々をたんたんと
過ごすのかなと思ったり。


自分の日常に取り込めるサイズ分だけ、
テレビのなかの人との時間を過ごす、
そういうことなのかなと思ったり。


私は熱狂的なファンとして誰かを見て
きたことはないので、わかるようで
わからない部分もあるが、
この、あなたというテレビの向こうの
存在と心に折り合いをつけて、
自分を生きるというのが正しい姿なの
かなと思ったりする。


詩のレビューは以上だが、
この詩集、谷川さんの新しい詩集のため、
少し本のことを少し紹介しておきたい。


本書は、あたしとあなた、
IとYOUの関係性をテーマに37の詩が
編まれている。


谷川さんは、人の基本は、
女性と男性の対で成り立っていると
長く思ってこられたという。
知人から、人の基本は、個ではないかと
指摘されてそれに納得する時期もあり
ながら、やはり、あたしとあなたという
対の関係がしっくりくるとされ、
この詩集を作られたという。


ちょうど年初に、谷川さんの朗読会に
いき、本書からいくつか詩の朗読を
された際にそう話されていた。


あたしがいて、あなたがいるという
その距離感をほどよく感じる詩も
あれば、距離の近さ、遠さゆえの
折り合いがつけにくい気持ちなど、
さまざまな「あたしとあなた」の
距離がある一冊だ。


本書の装丁は、一冊ずつ風合いが違う。
ブックデザイナーとして著名な、
名久井直子(なくい・なおこ)さんが
手掛けており、プレゼント用に購入
されるかたも多い本となっている。
名久井直子 - Wikipedia


本書のブルーの紙は、伝統の高級越前
和紙で知られる石川製紙さんによる。
通販でも和紙販売をしているようだ。
紙和匠(かみわしょう)


布製の箔押しの表紙の手触りは、詩集
として持っているだけで心豊かになる。
発売当初すぐに初版が売切れた、
美しい詩集である。


と、本の美しさに話は流れたが、
詩そのもの世界観があってこそ、
それを生かす装丁が選ばれたという。


ぜひ、自分ならではの、
あたしとあなたの距離を探して、
本書を手にしてほしいと思う。
たぶん、そのときどきの心情で、
これはと思う詩は違ってくるだろう。


私もきっと、自身のブログで、
タレントさんの話題を書かなければ、
この詩はさっと読んだかもしれない。
でも、数か月かけて心理的な距離が
近くなったタレントさんがいる今は、
この詩がやけに心に染み入る。


こうやって言葉の力を助けとして、
自分の気持ちと折り合いをつけながら、
また次なる記事を書くのだろうと思う。


封印したい思いがあるものは、言葉に
することもできないが、次に進みたい
ときほど、何か自分を鼓舞するような
言葉を選び記録するのだと思う。


迷いがあるうちは、まだ次に行ける。
そう、思っている。


では、また。