香取慎吾さん主演「家族ノカタチ」の、鉢植えの花のメッセージ

こんにちは、検索迷子です。


既に3月に番組は終了したが、香取さんが出演されていた「家族ノカタチ」の全体的な感想と、そこで印象深かった鉢植えの花の話を書こうと思う。


当初、Twitter上でのタグ、#私の_世界に一つだけの花 をテーマにした記事の一環として、「お花」が主役の記事を書こうと思っていた。花の名前にうといため、Twitterでお花の名前をご存知なかたはいないか質問をしたところ、お花にお詳しいかた、お花屋さんのかたなど、複数のかたにお答えをいただいた。そのかたたちのお力があって、今日の記事に発展して、あらためてお礼申し上げます。


お花を調べるにあたり、本編とのストーリーとの関連を感じたため、過去数回「家族ノカタチ」の感想を書いた総括として、話を書けそうな気がしてきたのだ。


素晴らしいドラマでありながら、視聴率が思いのほか伸びなかったと言われているが、8月にDVDなどが発売されるようなので、ドラマをリアルタイムで観られなかったかたにも、ちょっとした感想でも、何か参考になればと思う。

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TBS系 日曜劇場「家族ノカタチ」オリジナル・サウンドトラック

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鉢植えの花の名前

「家族ノカタチ」のなかで、鉢植えの花は数回登場した。一度めは、葉菜子さんが鉢植えを枯らして捨てようとする場面、二度めはそれを陽三さんが拾って再び花を咲かせて、葉菜子さんに手渡すシーン、三度めは大介さんが最終回で葉菜子さんと家族となり、室内に鉢植えを取り込むシーンだ。


ドラマ上の小さなアイテムだが、何か登場するたびに印象深かった。その鉢植えはまるで、命あるものが一度枯れかかって、でもほかの人の愛情によって息を吹き返して、その愛情を養分として自分の美しさをに戻っていくように見えた。そして、最終回でおだやかに咲き続ける時間が、心安らかな日々の象徴にも見えた。


私が鉢植えの花に注目した当初の目的は、花の詩か短歌だけをご紹介することだったが、実はこれがたいへん難航した。花の名前で、作品化されたものがなかなか見つからなかった。植物図鑑なども数冊調べて、その原因がわかった。それは、花がもとは海外品種で、その名前は音感から、日本語では忌み言葉とされていて、和名で流通している名前とは違ってたのだ。


鉢植えの花は、現在の読み替えをされた名前では、「サイネリア」という。もともとは、学名をそのまま読み、「シネラリア」と呼ばれていた。


一つ、作品を紹介したい。

シネラリアから、サイネリアへの再生
                   一華木 五葉


私はカナリア諸島からやってきた、シネラリア。
花言葉は「快活、喜び」で、
私は花の少ない冬に強くて、明るくタフな花だった。


でも、日本に来たら、私は「死」を連想させるからと、
名前を呼んでくれるひとは、ほとんどいなくなった。


花屋の店先でもカタカナではなく、
「Cineraria」と英語のままで名前が書かれた。
お客さんに名を尋ねられても、
私の名前はいつも、ささやくように小声で呼ばれていた。
いつしか名前を呼んでくれる人は、ほとんどいなくなった。


ある日、
サイネリア、きれいに咲いてね」と、
水を与えてくれる人がいた。
その人は私の本名を知らなかったのか、間違えたのか、
水やりのたび、ずっと、
サイネリアサイネリア」と呼び続けてくれた。


私は水を与えられるまま、静かに咲き続けた。
あなたは私の名前の呼び間違いにも気づかず、
ずっとずっと私を呼んでくれて、
私はただただ咲き続けた。


いま、花屋の店先では「サイネリア」たちが並ぶ。
あなたが名前を呼び間違ってくれなければ、
何百もの私の仲間たちが、
日本でこれほど咲き続けることはなかった。


あなたは、死のベールをかぶりそうになった私を、
再生させてくれた。
枯れそうな心を再び咲かせてくれた。



私の本名は、シネラリア。
日本での私の名前は、サイネリア
どっちも私。


新しい名前で命を吹き込んでくれて、ありがとう。
枯れそうになっていた私に、
咲く誇りを思い出させてくれて、ありがとう。


私はただ咲き続ける。
それが私にできるたった一つの、お礼ノカタチ。


ここにあるように、名前の読み替えや忌み言葉の扱いなどは、複数の植物図鑑などを参照にしたところ、実際その記載が多いことがわかった。


植物図鑑では、「シネラリア」表記で分類されて、「サイネリア」と読み替えられるといった記載が圧倒的に多かった。また、和名では「富貴菊(フウキギク)」と呼ばれるようだ。

忌み言葉の由来


サイネリア
キク科の越年草。本来は「シネラリア(英:cineraria)」で、「シネ」が「死ね」に通じることから、「サイネリア」と言い換えたもの。

『身近なことばの語源辞典』西谷裕子著、米川明彦監修、2009年11月、小学館刊より。


(参考)
サイネリアの品種や、花言葉や語源に興味があるかたは、以下もご参照ください。
『決定版 誕生花と幸せの花言葉366日』(1/4誕生花「シネラリア」の箇所)、主婦の友社、2012年9月刊。
『花ごよみ花だより』(1/14の「シネラリア」の箇所)、八坂書房編、2003年1月刊。


「シネラリア(サイネリア)」と、ドラマの関係性

お花の説明が長くなったが、そこには意味がある。このお花、和名の富貴菊が春の季語とも言われるように、冬に強いこともあり、冬場のドラマ撮影で使われたのは、たまたまのことだったかもしれない。でも、なぜかドラマにぴったりくる花を選んだように思えるのだ。


「家族ノカタチ」のドラマすべての回を視聴して、少し時間が経過して改めて思い返してみると、このドラマは「家族の形」を問うドラマでもあるが、そこに至るまでの時間にも、問いがあるようにも思ったのだ。



登場人物はそれぞれ、誰かの死に「喪失」感を持ち、人間関係の複雑さに失意し、そしていっとき心を閉ざし、やがて再生するプロセスをたどっている。ほかの人から手を差し伸べられても一度は拒絶して、でも手を握り返す勇気を持つことで人生が動き出し、やがて手を差し伸べる側に回るということが、あらゆる場面で見受けられた。


ドラマを観ているときは、個々のエピソードに目がいったり、あるいは全員がワイワイと賑やかにしている様子が印象深かった。でも俯瞰すると、登場人物のほとんどが、誰かとの関係が一度は壊れ、心に鍵がかかっている状態になっている。


そして、その鍵を壊してくれようとする人と出会うことによって、壊されるまでかたくなになるのではなく、やがて自らドアを開けて出て行こうと、気持ちが緩和させられている状態になっていた。


言葉遊びではないが、死を連想させる「シネラリア」が、再生を連想させる「サイネリア」となることで、購入しやすくなったように、ほんとうにちょっとしたことがきっかけになるのだと思わされた。


また、サイネリアは数百品種も流通しているという。その多様性もまた、家族ノカタチはそれぞれなんだと思えるようなつながりで、冬に強い花であることも、何か、寒い時期の希望のような花でいいお花の選択だったなと思っている。

ノベライズ化してほしい脚本

「家族ノカタチ」の後藤法子さんの脚本は、名言の宝庫だった。特に、会話の言葉が丁寧に描かれていて、しっかりとたくさんの人と会話をしてきた人が書いた脚本だと、はっとさせられることが多かった。これほど大人数が登場して、各自の個性やエピソードが際立っている作品は、本当に凄いと思う。


特に、主演の香取慎吾さんが、「ナレーション部分が、自分が心の中で思ってきたことを、そのまま言っているようだ」と発言していたようだが、言葉にリアリティがとてもあった。また、このセリフを言ったことが、香取さんの役者さんの可能性を広げたと思わせてくれるような、新たな一面を引き出したと思う。決してえぐるような言葉ではないのに、核心をつく、優しく深い言葉が多いドラマだった。


まるで、向田邦子さんの脚本のようで、昔好きでよく読んでいたことを思い出した。この作品は、役者さんが素晴らしかったので、映像でもまた見たいが、言葉を堪能するためにぜひノベライズ化してほしいと思う。

ドラマのアイコンだったウ冠の、ちょっとした言葉遊び

まったくドラマとは無関係なのだが、ドラマを象徴するアイテムだった、ウ冠(ウかんむり)の言葉はないかと探していたところ、オリエンタルラジオの本に、偶然以下のようなものを見つけた。「武勇伝」のネタなので、リズムがわかるかたは、それでそらんじてみてほしい。

(レッツゴー)
ウ冠を、オシャレにかぶる
俺は人偏の横でピース!
(武勇伝、武勇伝、武勇デンデンデデンデン)

ウ冠(うかんむり)のところは、中田敦彦さんパートで、人偏(にんべん)は藤森慎吾さんのパートだ。
『オリエンタルエジオ1』オリエンタルラジオ著、ワニブックス、2006年4月刊。

オリエンタルラジオ 1

オリエンタルラジオ 1


本来のネタの意図とはきっと違うだろうが、まさに、「家族ノカタチ」んおドラマのキャストは、「ウ冠を、オシャレにかぶって」いた。10年も前のオリラジの作品だが、この偶然が面白くて引用させてもらった。


今回、ウ冠をアイコンにしたのも斬新で面白かったので、このまま同名タイトルか、ウ冠の別な言葉でドラマを進化させるかして、また新しいカタチを見せてほしいと思っている。


ちなみに、人偏でふと思ったのが、草なぎ剛さん主演の「任侠ヘルパー」だった。二文字とも、にんべんが使われていて、なるほどどっぷり人間ドラマだなぁと今更ながらに気づいたのだった。花の名前、言葉一つ、カタチ一つとっても、何か意味があるのだと今日は思いながら記事を書いた。


いい作品は、こうして連続ドラマが終わってもなお、人の心に残る。また、こうした作品に出会いたいと思う。
テレビをほとんど観ない自分が、「家族ノカタチ」と「スペシャリスト」をリアルタイムで全回観たのは、自分としてもびっくりの出来事で、いいドラマに出会えて、本当に良かった。


「家族ノカタチ」の過去記事

「家族ノカタチ」の感想は過去3回書いている。
香取さんの誕生日に、同番組を初回から第3回まで視聴して書いた、香取慎吾さんの年齢相応の演技への挑戦
第6回までの感想を書いた、香取慎吾さん主演「家族ノカタチ」の感想
第7回までの感想の、香取慎吾さん主演「家族ノカタチ」のオリジナリティがある。