多部未華子さんによる、茨木のり子さんの世界観

こんにちは、検索迷子です。


茨木のり子さんの詩集をよく手にするが、
写真とコラボした作品があったことをつい最近知った。


『わたしが一番きれいだったとき 凛として生きるための言葉』、
毎日コミュニケーションズ刊、茨木のり子さん著、
モデルは多部未華子(たべみかこ)さんだ。


掲載されている詩は、
わたしが一番きれいだったとき、
汲む
自分の感受性くらい
みずうみ
知命
この五編だけだが、
写真があることで、既知の詩が違って見えて、
とても面白いと思った。


1行ずつ言葉を分解したり、
言葉から連想される写真があったり、
多部さんの表情や目力によって印象が変わったりして。


興味深かったのは、
2006年に亡くなった茨木のり子さんの甥であり、
著作権を管理されている宮崎治さんによるあとがきだ。


写真と詩のコラボレーションに対して、
前例がなかったことから躊躇しながらも、
「自分が育てた野菜を、売り手として手渡すように詩を書きたい」と、
語った伯母の言葉を思い出し、
それが現実になっていることを感慨深く思うと書いていることだ。


言葉はこうして、
特に、詩というものは、
引用されて引用されて、露出されてこそ、
その良さに光があたり続ける。


どう見せるかという形式はさまざまであっても、
もともとが芯があるものならば、
もとの印象が壊れたり、損なわれたりはしないのだと、
思うことも多い。


もともと知っている詩だからということだけでなく、
この写真とのコラボはとても面白く、
これを機会に茨木さんの詩がもっと広がって欲しいと思った。


写真があることで、言葉が広がる世界がある。
それもひとつの発見だった。