こんにちは、検索迷子です。
茨木のり子さんの詩集を手にすると、
思いのほか、何月、という時期を
入れた詩が多いことに気づく。
今日紹介するのは、五月になるのを待ちわびて、
ずっと紹介したいと思っていた一遍だ。
茨木のり子(いばらぎのりこ)詩、
『茨木のり子集 言の葉2』筑摩書房刊より、
「この失敗にもかかわらず」だ。
- 作者: 茨木のり子
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
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この失敗にもかかわらず
茨木のり子
五月の風にのって
英語の朗読がきこえてくる
裏の家の大学生の声
ついで日本語の逐次訳が追いかける
どこかで発表しなければならないのか
よそゆきの気取った声で
英語と日本語交互に織りなし
その若々しさに
手を休め
聴きいれば
この失敗にもかかわらず……
この失敗にもかかわらず……
そこで はたりと 沈黙がきた
どうしたの? その先は
失恋の痛手にわかに疼きだしたのか
あるいは深い思索の淵に
突然ひきずり込まれたのか
吹きぬける風に
ふたたび彼の声はのらず
あとはライラックの匂いばかり
原文は知らないが
あとは私が続けよう
そう
この失敗にもかかわらず
私もまた生きてゆかねばならない
なぜかは知らず
生きている以上 生きものの味方をして
この詩はずっと紹介したかったが、
せっかく季節がはっきりしているのだからと、
五月になったら紹介しようと待っていた。
今、実際にそうしてみてよかったと、あらためて思った。
五月じゃなければだめな詩なんだなと思った。
理由は二つある。
一つ目は、いつ読んでもいい詩だと思っていたが、
新学期、あるいは入学直後の五月であるということだ。
五月は、周囲の環境が変わったばかりで、
あるいは新カリキュラムになったばかりで、
予習にも手を抜かない時期でもある。
または、まだ慣れない人たちばかりで、
ちょっと緊張が張り詰めたような時期。
だから朗読や暗唱にも余念がないような光景が浮かぶ。
同時に、ただ読んでいただけのフレーズが、
ふと心に留まり、
心も止まってしまい、
声も出なくなってしまうような気持ちになる。
何がきっかけかわからないが、
失敗という単語から思い返される何かがそこにはあった。
立ち止まってしまうフレーズというものがあるとしたら、
この失敗にもかかわらず
というのは、かなり強い語感だ。
きっと、集中して聞いていたら、
自分も同じような気持ちになるのでは、
と思いながら読んだ。
裏の大学生というからには、
顔見知りであるのだろう。
その見知った大学生が、
こうしたフレーズで立ち止まるような何かがある、
という普段は見ないような姿や、
若さに対する目上の人間としての気持ちも手伝ってか、
あとは私が続けよう、という最後の一節が、
世話好きな大人という感じで、
少し微笑ましく頼もしい。
むろん、茨木さんは説教くさい大人としてではなく、
自分自身へ言い聞かせるかのように、
この失敗にもかかわらず
私たちもまた生きてゆかねばならない
と書いている。
五月は、五月病という言葉もあるように、
ちょっと不安定な気持ちが漂うような時期だ。
このフレーズが、心に響くようなことが、
誰にでもあるのかもしれない。
紹介してよかったとおもうもう一つの理由は、
ライラックの花の名前と香りが、
まさに今一致したということだ。
最近、近所を漂う甘い香りがずっと気になっていて、
何の花だろうと思っていた。
まさに、この詩に答えがあった。
ライラックだったのだ。
この失敗にもかかわらず
私もまた生きてゆかねばならない
という気持ちであるのは、
青年期だろうが、十分な大人だろうが同じこと。
そして、ライラックの花の名前と香りが一致するだけで、
その五月の憂鬱みたいな気持ちが、
一瞬にして幸せになれるというのも、
大人ならではの気持ちの切り替えかもしれないと思う。
以前の自分だったら、
この失敗にもかかわらず
というフレーズだけで一日考えてしまったかもしれないから。
この失敗にもかかわらず
私もまた生きてゆかねばならない
ならば、せめて今は、
ライラックの花の香りを楽しもう。
茨木のり子さんの詩を紹介した記事
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よければあわせてお読みください。
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では、また。