上司をお客さんと思う

こんにちは、検索迷子です。


先日、会社の外で稼ぐ準備というエントリーを書いたところ、
著者である柴田英寿さんからコメントをいただいた。


それに気を良くしたからということではないのだが、
柴田さんの本の読後、
あらためて、この一つを書き足しておきたい内容を思い出した。


それは、「上司はお客さんだと思っておく。」ということだ。
普段から上司と仲良くしておくことの大切さや、
コツなどが書かれたくだりの一つなのだが、
私自身、最近この点をとても意識をして変化させていることなのだ。


もっと若い頃、自分の感情や上司の間違った態度に、
いちいち目くじらを立てたり、ストレスを貯めたり、
反発をしたり、決め込んだりと、
いやな部下のするであろうことは一通りしてきたような気がする。


だけど、あるときから、
組織に属している自分というのも、
そこで出会う上司というのも、
今、たまたまの縁でつながっている一過性のものかもしれないと思うようになり、
何も仲を悪くするような相手ではないかもと考えるようになった。


そして、自分に対する発注者の一人、
お客さんの一人だと思うようになり、
好かれたり、嫌われないように、
相手を立てたり、頼まれたことを素直に聞いたりすることが、
すんなりとできるようになってきた。


もちろんいきなり全面的に変われるほど人間はできていないが、
それでも、上司はお客さんだという意識がものすごくはっきりと、
自分のなかに芽生えてきた。


もっと言えば、同僚だってお客さんなのかもしれないと思っている。
自分と仕事をして心地よい、信頼できると思ってもらうため、
機嫌を損ねないよう、一人ひとりが望む仕事相手像というものに、
細心の注意を払うようになった。


でもやはり、上司は特別で、
自分の評価をしたり、
時に自分を守ってもらったりするために、
もっとも上客として扱う必要があるのだと思っている。


柴田さんの本でその一行に出会うまでは、
それは卑屈な発想だったり、
何か社会に妥協した自分に成り下がってしまったのかと、
ちょっと自分の過去と現在の整合性がとれなくてジレンマがあった。
だけど、柴田さんのような実績をあげているかたが、
同じような考え方で動いているのだと知り、ほっとした。
間違っていなかったのだと思った。


上司はお客さんなのだという、
よく考えてみれば当たり前のことを、
ずっと気がつかずに会社組織に体当たりしてきたことが、
逆に間違っていたのだなと思った。


こういう基本的な働く姿勢が、
ネガティブさや、突き放した感情や、諦念ではなく、
ごく自然の行為なのだと知れてよかった。


堅実に働くというのは、心の持ちようがそもそも違うのだと、
柴田さんの著書を読みながら再確認できた。


上司はお客さんだと思え、みたいな開き直りトーンで書かれていたら、
そんなのナンセンスと思ったかもしれないが、
仲良くするコツとして書かれているのを見て、
ごく普通にこういうことをやっていけばいいのだと思えた。


上司とうまくいっていない人は、
社外での仕事をするかしないかにかかわらず、
お客さんと接するように上司の存在を向き合うことで、
開けてくる時間もあるのだと思う。


社内だろうが、社外であろうが、
仕事の場で出会う人は、もしかしたらみんなお客さんなのかもしれない。
相手が敵という意味ではなく、
自分が誰の満足度を高めればお給料がもらえるのかと考えれば、
身近な人は誰しもが発注者であり、評価者なのだと思う。


視点を変えれば、変わるものも多い。
上司をお客さんと思えなかった自分の傲慢さを振り返るにつけ、
何か、基本的なところから働く自分というものを考え直した。
もっと低姿勢で、もっと協調しあって、我を通さなくても、
いい仕事ができる方法はいくらでもあるのだと今は思う。
周りに毒を吐くような方法ではなく、謙虚に生きようと思う。


では、また。