石垣りん「おやすみなさい」

こんにちは、検索迷子です。


石垣りんさんの詩のなかで、
自分がちょっとだけ心に痛みを抱えているときまで、
レビューを先送りしていたものがある。


たいしたことではなくても、眠りにつくのが、
今日はいつもより、少し時間がかかりそうだというとき、
この詩を引用しようと思っていた。
それが「おやすみなさい」だ。


「現代の詩人5 石垣りん」、
大岡信(おおおかまこと)、谷川俊太郎(たにかわしゅんたろう)編、
中央公論社発行の本だ。

現代の詩人〈5〉石垣りん (1983年)

現代の詩人〈5〉石垣りん (1983年)


本書から引用する。

おやすみなさい
     石垣りん


おやすみなさい。


夜が満ちて来ました
潮のように。
ひとりひとりは空に浮かんだ
地球の上の小さな島です。


朝も 昼も 夜も
毎日
何と遠くから私たちを訪れ
また遠ざかって行くのでしょう。


いままで姿をあらわしていたものが
すっぽり海にかくれてしまうこともあるように。
人は布団に入り
眠ります。


濡れて、沈んで、我を忘れて。


私たち 生まれたその日から
眠ることをけいこして来ました。
それでも上手には眠れないことがあります。


今夜はいかがですか?


布団から やっと顔だけ出して
それさえ 頭からかぶったりして
人は 眠ります。
良い夢を見ましょう


財産も地位も衣装も 持ち込めない
深い闇の中で
みんなどんなに優しく、熱く、激しく
生きて来たことでしょう。


裸の島に 深い夜が訪れています。
目をつむりましょう。
明日がくるまで。


おやすみなさい。


この詩は、昭和の頃、東海テレビの一日の番組終了を知らせる、
局のサイン=クロージングに詩を流したいという依頼によって、
書かれたものだそうだ。


石垣りんさんはこの詩を、旅先のテレビで偶然見て、
自分の書いた詩を旅の枕に、うとうとと我を忘れて行ったという。


自分の書いた詩は、
自分の体の一部でなじみのいいものだったに違いない。
自分が書いた詩で眠るとはどんな感じなのだろうか。



私たち 生まれたその日から
眠ることをけいこして来ました。
それでも上手には眠れないことがあります。


眠ることをけいこしてきたのに、
上手に眠れないことがある。
その二行に立ち止まる。


毎日眠っているのに、どうして今日は眠れないのだろうと。
眠れない状態の自分を知ってしまうと、なぜか余計に眠れなくなる。


この詩を語るのに、眠りをさまたげるような、
饒舌な言葉はいらない。


良い夢を見ましょう


そう、誰かに言ってあげたい。
そう、自分に言ってあげたい。


おやすみなさいの詩に向かって、
おやすみなさいと言って眠ろう。


目をつむりましょう。
明日がくるまで。


おやすみなさい。

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石垣りんさんの詩については、過去にもレビューしています。
よろしければあわせてお読みください。
石垣りんの「表札」の潔さ
石垣りんの『貧しい町』
石垣りんの先見性(私の前にある鍋とお釜と燃える火と)
石垣りんの「峠」
空をかついで
洗剤のある風景
川のある風景
石垣りん「夏の本」


では、また。