吉野弘「夕焼け」

こんにちは、検索迷子です。


今日は、草なぎさんから触発されて、
ご紹介したいと思っていた詩について書きます。


草なぎさんブログとは言い切れない私のブログでは、
草なぎさんのことでありながら、
話題に占める分量が少ないときは期待を裏切らないよう、
タイトルに「草なぎ剛さんの」と入れないように気をつけています。


ただ、自分が触発されたきっかけが草なぎさんだったのは確かであり、
ファンのかたにもジャンルは違っても、
素晴らしい詩を受け取ってもらえるかたがいてくださると、
いいなと思っています。


過去にも同じような理由で、いくつかご紹介しています。
悼む詩(いたむ詩)
笑う能力の詩
ジーンズの詩


今日ご紹介するのは、
吉野弘(よしの・ひろし)さんの、「夕焼け」だ。
過去に一部引用の形で、美しい夕焼けも見ないででご紹介していますが、
全文でこの詩の奥行きを伝えたくて、再度話題に取り上げます。
学生時代の教科書でご存知のかたもいるかと思う。


『詩のすすめ 詩と言葉の通路』吉野弘(よしのひろし)さん著、思潮社2005年1月刊より。

詩のすすめ―詩と言葉の通路 (詩の森文庫 (103))

詩のすすめ―詩と言葉の通路 (詩の森文庫 (103))

夕焼け           吉野弘

    いつものことだが
    電車は満員だった。
    そして
    いつものことだが
    若者と娘が腰をおろし
    としよりが立っていた。
    うつむいていた娘が立って
    としよりに席をゆずった。
    そそくさととしよりが坐った。
    礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
    娘は坐った。
    別のとしよりが娘の前に
    横あいから押されてきた。
    娘はうつむいた。
    しかし
    又立って
    席を
    そのとしよりにゆずった。
    としよりは次の駅で礼を言って降りた。  
    娘は坐った。
    二度あることは と言う通り
    別のとしよりが娘の前に
    押し出された。
    可哀想に
    娘はうつむいて
    そして今度は席を立たなかった。
    次の駅も
    次の駅も
    下唇をキュッと噛んで
    身体をこわばらせてーー。
    僕は電車を降りた。
    固くなってうつむいて
    娘はどこまで行ったろう。
    やさしい心の持主は
    いつでもどこでも
    われにもあらず受難者となる。
    何故って
    やさしい心の持主は
    他人のつらさを自分のつらさのように
    感じるから。
    やさしい心に責められながら
    娘はどこまでゆけるだろう。
    下唇をかんで
    つらい気持ちで
    美しい夕焼けも見ないで。



注:坐った、持主、の漢字表記は掲載原文ままです。


言いたいこと、感情を表現したいことを、
うまく伝えきれない少女の気持ち。


やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。


という部分が、何か今は心に響く。
過去にレビューした際と、
少し読み方が変わったのも、自分の心の変化かと思う。


この時間の奥行きと、
心の葛藤と、
やさしい気持ちを持つかたの心のありようは、
夕焼けだけがそっと見つめていたのだろう。


気持ちが伝えきれないときの思いを、
下唇を噛んで、こらえていくような時間が、
誰の記憶のなかにもあるような気がして、
今日ご紹介しました。


もう少し解説をしたいところですが、
読めば読むほど深い詩なので、
まずは、詩の世界観にそのまま入っていただければと思います。


では、また。