草なぎ剛さんの語調


こんにちは、検索迷子です。


草なぎさんの声について過去5回書いてきた。
都度テーマを決めて書き始めるが、
草なぎさんの声の出し方の時折の無防備さが、
独特な空気感となって、なにかいつも引っかかるのだ。
草なぎ剛さんの声の距離感
草なぎ剛さんの声と胸筋
草なぎ剛さんの誰かを呼ぶ声
草なぎ剛さんの息が合う存在
草なぎ剛さんの鎮める声


今日は、草なぎさんの語調について書こうと思う。
19日のスマスマを観ていて、
この日は、ずいぶんと草なぎさんの声にバリエーションがあって、
なかなか印象深いことが多かったのだ。


特に話題の流れや、話し手との関係性や、
喜怒哀楽のような気持ちの乗り方が顕著で、
それがテレビの編集として、
ずいぶんとはっきりと切り取られているように思った。
私たちが持つ草なぎさんの印象って、こうやってテレビの
編集に左右される部分もあるのかなというのも感じた。


番組上の時系列は定かではないが、声の特徴と、
話し手と受け手の関係で感想を書きたい。
以前書いた、草なぎ剛さんの声の距離感にも近い内容になるだろうか。


草なぎさんの声で特徴があるのは、
喜びを素直に表すときや、何かを説明しようとする前のめりな
気持ちが乗った高揚感があるときだ。
舌をかみそうになりながらも、喋りたくてしょうがないという
その気持ちが声をはずませている。


まずひとつめが、クイズを正解したとき、
「でも、これ化石だもん!」「うれしいの」と、
楽しそうな前のめりな張った声が出ていて、
喜びを素直に出せるっていいなと思った。
嬉しさを隠さず表現できる、純粋な気持ちに好感が持てる。


そして、そのときにはっとしたのが、
中居さんが、「当たったからってよく喋るよな」というようなことを
言っていたことだった。


この日の番組でとても印象深かったのは、
草なぎさんの語調もそうだが、草なぎさんの随所の語調の変化を、
中居さんは本当に丁寧に拾う人だということがわかったのだ。


草なぎさんが引き立つように、ちょっとした語調の変化に敏感で、
それがテレビの編集上うまく乗せられることがわかってか、
あるいは無意識か、ちょっとした変化をさくっと拾い上げていた。
その間合いがすごいと思った。


以前に、草なぎ剛さんの息が合う存在でも書いたが、
本当に息が合う人がそばにいるからこそ、
草なぎさんの声も生きるのだと思った。


そして二つめの声だが、
Yes-Noクイズで、中居さんとの自信なさげなやりとりの声だ。


Noのエリアにタレントさんが移動しすぎて、テレビ上のバランスを
考えた中居さんが、先に香取さんに移動を促した。
次に草なぎさんに移動を促したときの声が、
「俺テキトーだもんだって、俺テキトーだもん」と、
テレビであまり聞かないようなちょっと困惑した語調で、
マイクがあるのに内緒話みたいな声になっていた。


この声を聞いたとき、本音を言えてしまう中居さんとの
距離感を感じて、めったに出さない声が興味深いと思った。
相手が中居さんでなければ出さないのではないかというくらい、
ちょっと困惑して、ちょっと甘えて、
受けるために言うこと聞けるなら聞きたいんだけど、
この質問は難しいよ、どうしたらいい?みたいな語調だったのだ。


三つめの声が、同じクイズの場面で、
香取さんがいたYes側を三谷さんが肯定的な感想を言ったとき、
草なぎさんが、
「でも、一緒に舞台やってるとき、台本とか読んでる形跡がなかった」
と香取さんがその回答側のタイプと違うといったようなことを、
少し食い気味に発言をした。


自分の知ってる香取さんとは違うという素直な感想を、
まっすぐに発言するときの声は、
正義感が乗っているような語調で面白かった。
(前提からして、香取さんも意に添わぬ側にいたが、
そういうことはもう前提から飛んでいたかのようで)
何かを、しっかり発言しようとするときの声が、
りりしいと思った。


そして、そのあと香取さんに、
ちょっと言い過ぎたかなと思ったのか、
「形跡がなかったんだけど」と語尾を少し消していくのが、
また気持ちの変化の表れで面白いと思った。


最後の声だが、
三谷さんから「読んでるだけみたいな」と言われたとき、
草なぎさんは「ガビーン」と2回続けて、
その言葉に対応した。
反論でもなく、ただ、その言葉を受け止めるように、
そして、会話の流れをそこで断ち切るように、
しぐさとともに、そう言った。


これを聞いたとき、三谷さんとはまだ距離が少し遠いのかと思った。
反論とか、でもーとか、そうですかーとか、
えーーとか、言い訳をするでもなく、
あ、そう思ったのかと素で受け止めて、
受け止めきったゆえにああいう反応になったのかと思った。


素人だったら、ぽかんと口を開けてしまうかもしれないところを、
そのまま切り返すスピードがさすがにテレビ慣れしていると思った。
ビーンという擬音で会話の流れを終わらせようとして、
そこを香取さんも拾ってくれて、場が緩和していくのは安心した。


このとき、草なぎさんの息の間合いを読み取ったかのように、
ビーンを続けて言っていて、笑いで最後は会話が終わったと見えた。
中居さんも、香取さんも本当に、こういう息を読む力がすごいと、
この日は特に感じた。


そして、テレビの編集って少し怖いと思った。
三谷さんは、「読んでるだけ」とは断言していないが、
テロップがまるで断言しているかのように出ていたのだ。


きちんとしていた香取さんとの対比で笑いにしようと、
「みたいな」という語尾をつけて、緩和する言いかたをしていたにも
関わらず、三谷さんの語調が否定的に見えるような編集だと思ったのだ。


そもそも監督さんが役者さんを否定的に思っていたとしたら、
それはバラエティの発言には乗せてこないと思う。
言っていい距離感にあると思うからこその発言のはずで、
語尾を濁して笑いにした一言が大きく切り取られていたことで、
観ている側に、
三谷さんや草なぎさんの印象を悪くしなければいいがと思ったりした。


言葉の印象が強くなるようなテロップは、
視聴者として注意したいと思ったりした。
何よりこれをテレビ的に面白いと編集したのは、
テレビ側の都合なので、
本当は聞こえにくかった語尾があったことを忘れて、
印象を左右されてはいけないなと思った。


今日は声だけでなく、テレビの編集によって声の印象も
変わり、出演者の印象も変わるということが顕著だったと思い、
あまりレポート的な書き方は得意ではないのですが、
今日は、状況説明がいりそうだったので書いてみました。


草なぎさんは声に感情が乗るひとなのだと、
本当に楽しめた時間でもあり、その言葉を恣意的に面白おかしく、
コントロールしている人も中間にいるのだなぁと思った。
本当のところを知る場がないタレントさんだからこそ、
言葉とか声音とかテロップとか、編集されたものは怖いとも思った。


自分の目とか、自分の耳でしっかり声を聞き、
語調を聞き逃したくないなとつくづく感じた。
特に、草なぎさんのしっかりとした感情が乗る声は、
声こそが真実だから、ちゃんと聴いていきたい。
映像も大切だけど、聴くこともおろそかにしないでいよう。


では、また。