ハイ・コンセプト

こんにちは、検索迷子です。


先日、ダニエル・ピンク著の「モチベーション3.0」を紹介した。


実は、今日紹介する同じ著者の本、「ハイ・コンセプト」を先に読了していたのだが、
両方とも訳していた大前研一さんの解説を読んで、
両方読み終えてからレビューをしようと思っていた。


実際に、大前さんが先に翻訳をしていたのも、今日紹介する本だ。
ダニエル・ピンク著「ハイ・コンセプト −「新しいこと」を考え出す人の時代 富を約束する「6つの感性」の磨き方」三笠書房刊。

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代


この本は、大前さんの熱意ある解説で日本に広まったように思える。
実際に私自身も解説で引き込まれて、本書になかに入っていけた。


訳者解説に本書のエッセンスが凝縮されている。
抜粋して紹介したい。

訳者解説


○「格差社会」を勝ち抜くための三条件
一つは、「よその国、特に途上国にできること」は避ける。
二つ目は、「コンピュータやロボットにできること」は避ける。
三つ目に、「反復性のあること」も避ける。反復性のあることは、ロボットかコンピュータが必ずやってしまうか、BPO(間接業務のアウトソーシング)されてしまうからだ。

要するに、これからは創造性があり、反復性がないこと、つまりイノベーションとか、クリエイティブ、プロデュース、といったキーワードに代表される能力が必要となっていくことである。


○「カンニングOK」社会への転換
「答えのない時代」のいま、世の中に出たら、知識を持っていることよりも、多くの人の意見を聞いて自分の考えをまとめる能力、あるいは壁にぶつかったら、それを突破するアイデアと勇気を持った人のほうが貴重なのである。
すなわち、これからはおおいに「カンニングをしろ」という時代なのだ。商売でも何でもそうだが、社会に出たら成功するためには、カンニングを上手にした行動力のある人間のほうが勝つのである。
自分一人で考えたり、覚えていることなどは、二束三文の価値しかないといっていい。

(中略)
「二束三文でないもの」は一体何なのだろうか?
それは、みんなの意見を聞きまくってそれを消化した上で、「自分はこう思う」、また、「自分の考えは違う。しかし、俺のほうが正しい」−そういう仮説のもとに仕事を作っていく力である。


こうした大前さんが整理してくれた情報を踏まえて、
本書をあらためて紹介したい。


今の仕事をこのまま続けていいか−3つのチェックポイント


この3つとは、大前さんの解説で要約されている3つなのだが、
そこに必要な能力が詳細に書かれている。

第1部「ハイ・コンセプト(新しいことを考え出す人)」の時代
3 右脳が主役の「ハイ・コンセプト」/「ハイ・タッチ」時代へ


今の仕事をこのまま続けていいか−3つのチェックポイント


大いに発展したハイテク力を、「ハイ・コンセプト」と「ハイ・タッチ」で補完する必要がある(「はじめに」で述べたように、ハイ・コンセプトとは、芸術的・感情的な美を創造する能力、パターンやチャンスを見出す能力、相手を満足させる話ができる能力、見たところ関連性のないアイデアを組み合わせて斬新な新しいものを生み出す能力などである。ハイ・タッチとは、他人と共感する能力、人間関係の機微を感じとれる能力、自分自身の中に喜びを見出し、他人にもその手助けをしてやれる能力、ありふれた日常生活の向こうに目的と意義を追求できる能力、などである)。


ハイ・コンセプト、ハイ・タッチ、
その両方のものを兼ね備えた人間になれればと切に思う。


「六つの感性(センス)」


この、六つの感性とは、次のものだ。


1.「機能」だけでなく「デザイン」
「デザイン」に関する備忘録として、デザイン専門誌、
世界的デザイナーのカリム・ラシッドの言葉も引用している。


2.「議論」よりは「物語」
思わず買ってしまうものには、ストーリーがあるということだ。
「ストリーテリング・フェスティバル」の紹介もある。


ITPro - ストリーテリングとは

コンセプトや思いを、それらを想起させる物語を通して伝える。語り手の体験や身近な出来事をベースに物語を作ると、より効果的に聞き手の心に響かせやすくなる。

3.「個別」よりも「全体の調和(シンフォニー)」
バラバラの断片をつなぎ合わせる力、
絵を描ける力というのもこれになるのだとわかった。


4.「論理」ではなく「共感」
相手の感情を読み取る力が大切ということ。


5.「まじめ」だけでなく「遊び心」
笑いの効用、「笑いクラブ」の存在など、あらためて遊び心を捨ててはならないなと思った。


6.「モノ」よりも「生きがい」
興味深い箇所が、「迷路」があなたをもっと自由にする、というところだった。

「迷路」があなたをもっと自由にする


今の豊かな時代、私たちはもはや迷宮の中にはいない。迷路、というほうが比喩としては適切だと思う。
迷路も迷宮も、イメージ的には一緒にされることが多いが、意味的には重要な違いがある。
迷宮(メイズ)とは区分けされた複雑な道や廊下などの連なりのことで、ほとんどの通路が行き止まりになっている。中に入ったら、脱出することが目的になる−それもできるだけ早く。
一方、迷路(ラビリンス)は、渦巻き状の道を歩くためのものだ。そこに足を踏み入れた人の最終目標は、道に沿って中央まえ進み、そこでとまって回れ右して、また戻ってくることである。ずっと自分のペースで歩いてかまわない。
迷宮は解決するための分析パズルだが、迷路は動く瞑想だ。
迷宮では方向感覚は失われるが、迷路は中央に向かっている。
迷宮では道に迷うが、迷路では自分を見失うことがある。
迷宮は左脳を働かせ、迷路では右脳を解放する。
現在、アメリカには公設・施設を含めて4000以上の迷路がある。

右脳を働かせた全体的な思考能力、
新しいものを発想していく能力、
実現の可能性を検証する左脳の力など、
私たちが身につけなければならない力が本書には詰まっている。


新しいことを生み出す力を身につけるためには、
今、目の前に見えていること、
なじんだことだけをしていてはならないのだと思った。


紹介される本、感性の磨き方の工夫など、
はっとすることが多かった。


新しいものを生み出す自分になれるよう、
何か一つでも実践していきたい。


代替可能な自分で終わりたくないと、
ずっと心で叫ぶだけでは変われない。


ハイ・タッチなことができる自分でありたいと思う。


では、また。