どんどんと駒を進める

こんにちは、検索迷子です。


できないことや不慣れなことだらけの仕事をやるようになり、
不思議と処理スピードがどんどんあがってきた。


なぜだろうと考えたら、
あまりにもできない次元が明らかで、
自分の手元にボールを持っていても仕方ないのだからと、
さっさとできそうな人にボールを投げるすべを体得したからかもしれない。


ちょっとでもできそうだと思ったら、
自分でやろうと抱え込んでいたようなことが、
あまりにまったく太刀打ちできないほどできない場合は、
開き直ってさっさと誰かにやってもらうしかない。


知っていそうな人に声をかけたり、
メールをしたり電話をしたりして、
いったん自分の手元のボールを投げてみる。


そういうことを繰り返しているうちに、
やがて自分のところに戻ってくるころには、
重たかったはずのボールが随分と軽くなったり、
自分が処理できるサイズになっていたりする。


できないことでもやりきる、
アウトプットする、
責任を負うという仕事なのだと覚悟を決めてからは、
どのみち逃げ場はないのだからやらねばならないと割り切れるようになり、
とにかく、一番最初にキャッチしたときに、
できるかできないか、誰かにボールを託すかをすぐ判断しようと思い、
なんとか切り抜ける方法を考えるようになった。


そして、自分ひとりで抱えているころより、
ずっとうまく仕事が進むようになったのも事実だ。


自分には手におえないという事実をしることが何よりも大切で、
できると過信して、
一ミリも受けたときから動かさないのが一番良くないのだとわかった。


どんどん駒を進める。
どんどんボールを打ち返す。
いつも自分のもとには、
自分でコントロール可能なものだけを残しておく。


ささいなことかもしれないけれど、
それだって仕事の成果のあげかたなのだと思う。


進んだ駒のスピードを眺めながら、
一人ではなにもできないのだと知ることも多い。


できない自分を認めながら仕事をするということは、
他者に上手に強力を仰ぐということなのだと思う。


駒を進めることもだんだんと快感になる。
いいものを作るための手段なら、
間違えない限りは、どんな方法でもありなのだ。


駒を進めながら、駒に追い越されないよう、
自分も成長を続けたいものだと思っている。


では、また。