あの場所は今

こんにちは、検索迷子です。


道を歩いているときに、
人のいない喫茶店で食器を洗っているマスターが目に入った。
まるで知らない、入ったこともないお店で、
ただ、その前を通っただけの一瞬のことだった。


通りすぎようとして、
思いがけずに思い出した光景があった。


昔よく通っていたお店の、
あのマスターはどうしただろうと。
小さな地域にごく数件しかなかった喫茶店だった。


わざわざ中心部にでかけるでもないときや、
早めの帰宅ができたとき、ふらりと立ち寄っていたところ、
中年のマスターに顔を覚えられて、
ちょっとした会話をするようになった。


ときどき、ケーキの試作品をごちそうになったり、
おいしいコーヒー豆を分けてもらったり、
とてもいい時間を過ごせるお店だった。


あるとき、かなり長いことお休みをしていて、
どうしたのだろうと思っていた。


そして、お店が再開したとき、
マスターの顔を久しぶりに見て愕然とした。
重い病にかかり、お店をたたもうかと思っているということだった。
だけど、集中治療に入る前にどうしてもお店を少しやりたくて、
健康が続く限りやってみるということだった。


ちょうど、私もそのころいろいろとあり、
その地域から引越しをすることになった。
自然とその地域からは足が遠のいていった。


数ヶ月経過して、一度だけその地域に行く用事があった。
通り道だったので、その喫茶店をのぞいてみることにした。


お店は開いていた。
あ、マスターは快復したんだと嬉しくなり、
お店のドアを開けた。


カウンターにいたのは、夫婦と思われる見知らぬ二人だった。
あ、きっと今日だけのお手伝いかなと思って、
しばらくお茶をしていたが、
気になってどうしてもマスターのことを聞かずにはいられなかった。


ご夫婦はお手伝いとして留守を守ると申しいれたが、
マスターはこのお店を結局譲ったとのことだった。
病状は悪くなっていて、再びお店に立てる見込みはないとのことだった。


茶店のマスターとお店の客という関係でしかなく、
名前も知らず、どんな生き方を送っているのかもしらなかった。
そこで初めて、マスターがいれてくれるコーヒーを飲むことも、
お手製のスイーツを食べることもないのだとさみしくなった。


それからもう何年も経過し、
その地域には再び訪れていない。
マスターのその後も知る由もない。


ただ、道を歩いて見つけた喫茶店の光景で、
こんなにもいろんな感情がわきあがるとは思わなかった。


リラックスできる時間をくれたあのお店とマスターは、
今どうしているのだろう。
知りたくもあり、知りたくもなし。


わずが一瞬でタイムスリップしたような、
そんな不思議な感覚を味わった一日だった。
というよりも、一瞬だった。


一度も思い出したことなどなかったのに、
たった一人の立ち姿を見て、こんなにも思いが沸き立つなんて。


では、また。