こんにちは、検索迷子です。
今日、悲しい知らせを聞いた。
ペットの兄弟が急逝していたのだ。
めったに会えない兄弟だったが、
会えばお互い、血がつながっていることがわかるようで、
その喜びようはすごいものだった。
お互いのペットが高齢化する前に、
いつか一緒に旅行に行きたいと思っていた。
それが自分にとってのささやかな夢だった。
でも、叶わぬ夢と終わってしまった。
人によってはたかがペットの兄弟くらいでと思うかもしれない。
だけど、人に飼われる動物というのは、
たいてい子どものうちに家族と離れ離れになってしまう。
身内がいない状態でぽつんと人間の暮らしに放り込まれる。
いくら愛情をかけても、
動物同士の匂いとか、安らぎとか、同じ生き物という喜びまで、
人は与えてあげられない。
本当に偶然なのだが、比較的近いところに住んでいた。
そして、偶然にも私がペットショップから引き取ったその日、
帰路で似ている子を見つけ、同じ種類の子だといううれしさで声をかけた。
すると、話をしてみると、なんと兄弟だということがわかった。
なんという偶然かと驚き、そして、喜んだ。
時折、会えることがあって、
その一瞬一瞬を大切に思ってきた。
もっと、ひんぱんに会えるように、
もっと、たくさんの思い出を作ってあげればよかったと、
会えなくなって、後悔の念が沸いてきた。
飼い主さんはたぶん、顔がそっくりな私のペットを見るのは、
あまりにもつらいのだと思うと、連絡するのも気が引ける。
そして、相手の方もいろんな気持ちで連絡を控えていたのだろう。
一つの命を預かり、
身内と引き離されて自分のところにやってきたペットを、
本当に大切にしようと思った。
そして、会いたいときに会っておくこと、
叶えたい願いはできるときに実現しておくことを、
もっと前倒しで実現していこうと思った。
会えなくなってから、会いたいと思っても、
もう叶えることすらできない。
自分のこと以上に、自分でそれを実現できないペットだからこそ、
心が痛む。
一番大好きな兄弟で、一番幸せそうな顔をする存在だっただけに、
あの時間がもう来ないのだと思うと、せつない。
たまにしか会えないどころか、もう二度と会えない。
楽しい時間をもっと作ってあげようと思う。
それが、自分に飼われてくれた最大の恩返しになるのだから。
人より動物の命は短い。
いつかこれをやってやろうではなくて、
いつでも楽しく過ごしていこうと思った。
会いたい存在には、会いたいときに、会いに行こう。
今、会わなくて、いつ会える?
そんなことを考えた。
では、また。