ワインバーグの本を読む(2)

こんにちは、検索迷子です。


先日の、ワインバーグの本を読む(1)で取り上げた『ライト、ついてますか』に続き、
今日もワインバーグの著作を紹介します。


ワインバーグ文章読本 −自然石構築法』

ワインバーグの文章読本

ワインバーグの文章読本


ワインバーグは、同書の表紙カバー裏によると、
40年にわたりソフトウェア開発に従事し、コンサルタント業務を行い、
400の論文、40冊の著作がある。
数多くの執筆をしてきたワインバーグの、本書は初めての文章読本ということだ。


まず、本書を理解するにあたって、
副題にもあり本書内で一環して使われている用語が、『自然石』である。
これは、端的にいうと『書くもののネタ』ということだ。
この『自然石』を常時、たくさんためることにより、
書くことに困らない、書くことのアレンジが可能、書きたいものが書けるということだ。
そのネタの集め方、執筆の進め方など、著者の経験をもとに取り上げている。


この、自然石という表現だが、ワインバーグはかなり気に入っているようで、
本書の章扉の写真は、すべて石がテーマとなった建造物や、石のある風景なのだ。
石の使い方一つで、こういうことができる、こういうことがわかるという、
この章扉の写真とコメントだけ見ても面白い。


ワインバーグ文章読本 −自然石構築法』で、書くことについて考える


本書のトピックスはとても多い。
システム開発に従事していなくても、一般の人が論文や執筆に取り掛かるうえで、
大いなるヒントをくれる。
どうやってアイディアをふくらませるかなど、実践できそうなことだ。


個人的に、以下の一節がとても印象深く、長めですが引用します。

第1章 文章を書くために一番大切なこと


 本当に書きたいものが何なのかわからないからといって、失望することはない。あるいは、いくつも答えが見つかることもあるだろう。でも、どれも決定的な答えにはならない。わたしは8歳のときにはわかっていたが、わかってたと知ったのは40年ほどあとのことだった。


そして、親から虐待を受けていた8歳のころの思い出を語っている。

罵倒に耐えきれなくなったときは、死のうとするか、裏庭のライラックの茂みのかげに犬を連れて隠れた。パンゴは、それまでの人生でわたしを責めない唯一の生き物だった。
 8歳のときだった。茂みに座って、このみじめな状況から抜け出す方法を考えていた。みんながそういうのだから、自分は「頭がいい」のだろうと思っていたが、こんなみじめな思いをせずに幸せになる方法を考え出せるはずだ。どうやら自分には「頭の良さ」を利用して「幸せ」を生み出す方法がわかっていないのだ。
 そこで、頭のよさを利用して幸せになる方法を見つけてやろうと思った。
 やがてわかったのは、わたしをいじめる人たちもあまり幸せではないということだった。それなら幸せな人たちの近くにいることにしよう。まず、頭のいい人たちを探したが、すぐにそういう人たちはわたしと同じく頭のよさゆえに苦しんでいることがわかった。そこで、苦しむ機会を減らすことを第一に考えた。頭がよくかつ幸せになる方法について、自分の学んだことを人にも教えようと心に決めた。そんな使命をもって一年生の作文の授業にのぞみ、そしてビル・ガフニー先生に目的を達成する方法のひとつを教わったのだ。
 頭のいい人が幸せになる方法のひとつは、自己を表現することである。頭の中の広大な空間に雑然と渦巻いている思考や感情を世界に向かって吐きだすことである。


そして、IBMでコンピュータシステムの提案書を書く仕事をしていて、
NASAの入札にあたり、動くはずのないシステムを前にして、その強みを生かしたことを語っている。

 どうしていかわからなかったわたしは、自分の強みに頼ることにした。書いたのだ。要求された提案書を書くかわりに、その方法ではうまくいかない理由について、できるだけ慎重に議論を展開した。この仕事は簡単だった。(中略)
「わかった。それじゃ、うまくいく方法を提案書に書いてみなさい」「ああ、そうか」。たしかそう言ったと思う。
 かわりに提案書を書くときも、血も汗も涙も出なかった。一所懸命考えて細部まで十分に注意を払う必要があったのはもちろんだが、それは血の滲むような仕事ではなく、自分の信じるもの、自分の実現したいことを説明するという楽しい作業の一部だった。


結果的に、この勇気ある行動によって、
入札109社のなかから、ただ一社だけが正しい指摘をして仕事のパートナーに選ばれた。

そういうわけでわれわれはチームを救い、わたしはマーキュリー計画の追跡用コンピュータの設計者に抜擢され、さらに社内でこのプロジェクトのエンジニアリング運営委員会に名を連ねた。すべてはビル・ガフニー先生の教えのおかげだ。


興味のないことについて書こうと思うな。


 このルールを守っていれば、いつも上司に気に入られたり、昇進したりするとは限らないが、大量の血を失わずにすむ。

 

こういうことを時系列で、たんたんと書き、
なぜ今の自分があるのか、なぜ書くという手段にたどり着いたのか、
なぜ書くことだったのか、ひとごとながらよくわかる。
これがワインバーグの、説明を事細かにする書くスタイルをあらわしているようだ。


特に、次の文章にはっとした。

頭のいい人が幸せになる方法のひとつは、自己を表現することである。頭の中の広大な空間に雑然と渦巻いている思考や感情を世界に向かって吐きだすことである。


頭のいい人の幸せになる方法のひとつが書くことだとは、考えてもみなかった。
それに気づいて実践しているワインバーグは、
だからこそ、それが自分の強みとして理解できて、
多くの人の心をとらえる文章を生み出すのだろう。


文章読本とあるとおり、ワインバーグを知らなくても十分に楽しめます。
ただ、文章読本にはもっとコンパクトに要点が書かれた名著があるため、
やっぱり、ワインバーグを知っている人が読むほうが面白いかもしれませんね。


今すぐ役立つ文章読本をお探しなら、
過去のエントリーでもご紹介しましたが、
わかりやすい文章のためにで紹介した克元亮さんの本や、学会発表のプレゼン技術に学ぶ
その他にも卒論執筆のための学生さん向けの本のほうが、
要点や書き方のポイントがわかりやすいです。


ちなみに、私はよく克元さんの本を紹介しますが、
大学の先生や教育者ではなく、学術論文に特化した形ではなく、
一般の人にも読みやすいと思った本のため何度も取り上げています。
卒論向けや大学のレポートに特定したものは、
大学に行っていない人や、論文に縁のない人からすると少し敷居が高い面もあるのです。


やっぱりワインバーグは、哲学とか思想を伝える人なのかなと、
二冊目にしてさらに思いました。
ふんわりわかるというよりは、根っこからきちんとわかるのですが、
見出しのすぐそばにチェックリストや解決策があるような、
細やかな編集がされたハウツー本に慣れた人には、少しなじまないかもしれません。
そうした、学術系ではない部分がとても読みやすいのです。


解決策をすぐに見つけてしまうと、自然石は意外にもたまらずに見過ごしてしまうかもしれない。
適度な寄り道、適度な迷う時間も、自然石集めには有効なのでしょう。
自然石はどれも同じ形ではない。
どんな石に心を留めて、それをどんなふうに組み立てるか、
そんなことをあれこれ考える時間が豊かな執筆活動になるような気がしました。


自然石を集めることは何も時間がかかるということではありませんが、
本書は、ゆっくり、丁寧に考えることを日常からできる人、
ネタを拾う時間をも大切にできる人向けの執筆スタイルがとれて、
自然石をいかに活用させるかの本といえるかもしれません。


さて、自分のまわりに自然石は見つけられますか?
なぜ、自分は書こうとするのだろう?


では、また。