道具を作る名工たち

こんにちは、検索迷子です。


現代の名工」と呼ばれる方たちを知っているだろうか。
物づくりのエキスパートだ。


物づくりに関わる人のエピソードは、本当に興味深く、
名工たちはその道具で歴史を作る。歴史に名前を残す。
あるいは、個人としてではなくとも道具そのものが歴史に刻まれて、定番となっていく。


物づくりの過程で、
失敗を繰り返しても、逆境に見舞われてもあきらめない精神、
何よりもいいものを作ろうとする探究心がすごい。
そんな「道具」を作る達人を紹介した本がある。
小関智弘(こせき・ともひろ)さんの『道具にヒミツあり』だ。

道具にヒミツあり (岩波ジュニア新書)

道具にヒミツあり (岩波ジュニア新書)



小関さんご自身、東京大田区で旋盤工を51年も続けた後、
執筆活動に入ったそうで、本書は職人による職人インタビュー本として、
同年代の登場人物と会話のはしばしがなんとなく、あったかいものとなっている。


取り上げられている道具たちは、
ボールペン、消す道具(消しゴムや修正テープ、黒板消しなど)、
メガネ、ファスナー(なんと長いもので100メートルのものがある!)など、
日常なじみのあるものばかりだ。

現代の名工の受賞者の方たち


特に印象に残ったのが、現代の名工である後半の3名の方だ。
厚生労働省の「現代の名工(卓越した技能者)」表彰制度コーナーで、
詳しく紹介されているのでそちらを引用します。


2004年(平成16年)受賞の三村仁司さん

<アテネ五輪金メダリスト野口みずき選手等のシューズを作り続けている三村仁司氏をはじめ150名を表彰>


147 運道具製造工(スポーツシューズ製造) みむら ひとし
三村 仁司

(五十六歳) (株)アシックスフットウェア事業部  特注靴作りに関する、採寸、設計、裁断、成型、仕上げ・検査といった基礎的技術全般にわたる技能に卓越していることに加え、選手一人一人から要望や悩みを聞き、選手が常にベストの状態を発揮できるシューズを作成できる。常に選手の予想を上回る仕上がりで作られるシューズへの選手の期待は大きく、本年度行われたアテネ五輪においても多くの一流選手に愛用された。

三村さんは、テレビなどでもよく紹介されており、
高橋尚子有森裕子瀬古利彦さん以降の男子陸上選手、
イチローなど、数多くのスポーツ選手のシューズを手がけてきた。
現在は定年退職して、会社を作られたようです。

All About - 現代の名工、三村仁司氏が生み出すシューズ
シューズ作り工房「M.Lab(ミムラボ)」を主宰する靴作りの名工・三村仁司氏が、アディダスと専属アドバイザー契約


2005年(平成17年)の受賞の矢入一男さん、辻谷 政久さん。

<国内外のトップアーティストにギターを提供している矢入一男氏をはじめ150名を表彰>


141 弦楽器製造工 やいり かずお
矢入 一男
(七十三歳) (株)ヤイリギター  純日本製の手工業によるアコースティックギターの高品質な製作技術を確立し、その製品は国内外のトップアーティストから一般ユーザーまで、幅広く認められ、愛用されている。また沖縄の三線と融合させて作成した一五一会音来が全国的に反響を呼んでいる。

25 旋盤工 つじたに まさひさ
辻谷 政久
(七十二歳) (有)辻谷工業  長年砲丸などスポーツ用具製作に携わり、これらの機械加工に関わる高度な知識・技能を有し、特に、辻谷砲丸は、オリンピック・アトランタ大会以来、三大会連続して金、銀、銅メダルを独占する快挙を成し遂げた。さらに、全国の高等学校や企業等で講演を行い、後進技能者の指導育成にも貢献している


なお本書には登場しませんが、この年には、
「痛くない注射針」で一躍話題となり、
小泉首相も工場見学に訪れた岡野雅行さんも受賞されていますね。

23 プレス加工 おかの まさゆき
岡野 雅行
(七十二歳) 岡野工業(株)  長年、プレス加工の技能に卓越し、これまで不可能とされていた細径側外径φ〇.二ミリ、内径φ〇.一ミリ、太径側外径φ〇.三五ミリ、内径φ〇.二五ミリの「刺しても痛くない」世界最細注射針の製造に成功し、その量産化技術を確立した。また、氏はメッキ材料、チタン、モリブデン等世界初の深絞りに成功した事例も多い。


個人的に、陸上に関心があったため、
シューズや砲丸へ作りのエピソードはとても面白かった。
本書では、実際にインタビューをしているので、
上記の厚生労働省のページあるような実績だけでなく、
それを生み出すプロセスそのもの、お人柄もわかって、
まさに名工とはこういう方たちかと思いながら読める。


三村さんは実際に陸上競技をやっていた経験があり、
破れない強い靴がほしいという思いと、実体験に基づいた物づくりの視点があった。


辻谷さんは、2000年シドニーNHKが招待してくれた際に、
初めてオリンピックの砲丸の試合を目の前で見たという。

そのとき、世界の5カ国から納入された他4カ国の砲丸ではなく、
自分が作った砲丸が選ばれて(選手はその場で好きな砲丸を選んで競技に参加する)、
そのうえ1〜8位入賞選手が全員、辻谷砲丸を使ってくれたのを目の当たりにし、
まるで自分が表彰台に上った気持ちになったという。
ほかの砲丸を押しのけてまで、自分が作ったものが使われる。どれだけうれしいことか。
まさに、物づくりの喜びはここにあるといったエピソードだ。



最後に、三村さんの言葉を引用したい。

「マラソン瀬古利彦選手を育てた早稲田大学競走部の監督、中村清さんから教えられたことばがあります。「若いときに流さなかった汗は、老いたのちに涙になって返ってくる」とおっしゃいました。若いうちに苦労しておけということです。いまも大事にしていることばです。
 苦労は、好きでなければできません。誰にだってひとつぐらい長所はある。自分でそれをみつけて、それで一番になれ。ネバー・ギブアップです」


名工には、普通の人はなかなかなれないかもしれない。
真似はできないなりに、
自分の長所を探して、何かを極める、汗をかく、とにかく信じて進む。
自分にもできることはないかというヒントをくれる。


本書は、物づくりの裏話としても面白いが、
道具を作るということは、人をきちんと見て理解するということかと思った。
物だけ見ていては使い手の気持ちはわからない。


使う人、発注者のリクエストにこたえられないものは見向きもされない。
だから、使う人ありきで物を作っていることがよくわかる。
相手の願いをかなえるために研究を重ねていることがわかる。
試作品の多さは、その微妙な調整のために当然のように山のようにできる。
そこでくじけずに進める力は、使う人が見えている、からなのだと思った。


また、物づくりを知るだけでなく、もうひとつ読み方として、
人生で何を自分の核として生きていくか、
自分の強みや思いを形にするにはどうやっていくか、
そういう、自分の能力と向き合うことのできる一冊だと思います。


ひとつのことを、ひたむきに続けるのも才能ですね。
でも今は、職業の選択の幅があるので、
そのたった一つを探し続ける放浪の時間だって、
きっと意味があるのだと思います。


長年できることも才能だし、
何度でも自分のキャリア形成をゼロから始めることだって、勇気ある才能だと思います。
表彰されなくたって、自分にとって自分が「名工」であればいい、そう思います。


では、また。