こんにちは、検索迷子です。
年度末のためか、お別れの挨拶を探して、
検索迷子を見てくださる方が多い。
自分はお別れの挨拶の専門家ではないが、
なぜか、ずっとお別れの挨拶のエントリーが読まれている。
日々増えるアクセス数を見ながら、
どうか、一人ひとりのお別れのシーンが、
幸せな時間でありますようにと願ってやまない。
何度か転職をして気づいたのだが、
きちんと区切りをつけて、
きちんとお別れをしなかった人というのは、
時間とともに、あっさり忘れてしまうようだ。
隣の席に坐っていたひと、
毎日一緒に深夜まで仕事をしたひと、
議論したり、仲良くしたり、
ともに何かを作り上げたひとさえも、
新しい出会いに上書きされて、
名前がとっさに出てこなくなる。
自分は人の名前を覚えるのも早く、
仕事をしている期間であれば、
初対面のその日に名前が覚えられる。
というより、覚える努力をしていた。
実際に、取引先やお客様の名前を忘れたり、
顔と名前が一致しないということはほとんどなかった。
が、忘れるのだ。
転職したあと、
過去の会社で半年以上通ったお客様の話をしていて、
名前が出てこなかったり、
同僚のことを忘れたり、
上司の名前がでてこなかったり、
あれれ、こんなに忘れるの?というくらいだ。
辞めるときにばたばたしていて、
一人ひとり丁寧に挨拶ができなかったりすると、
そのひとと、自分をつないでいた接点みたいなものが、
知らぬ間に細い糸になり、
時間とともにその糸が切れていたりする。
日常という視界に入らなくなって、
時間が経ってみて初めて、
ああ、細い糸でしなつながっていなかったのだと、
がくぜんとすることもある。
お別れをするときは、
丁寧に挨拶をして別れたいと思うようになってきた。
たいていは送る側より、送られる側だったせいか、
大急ぎで環境を変えてきたからか、
せっかくそこで出会い、つみあげてきた時間が、
すこんと抜け落ちたかのような時期もある。
さよならを丁寧にしよう。
丁寧にさよならを言いたい。
だんだんとそう思うようになってきた。
メールが普及してからは、
退職の挨拶をメールで済ませて、
フロアに挨拶まわりに行くというのは、
自分も他のひとも随分と減ったような気がする。
最後の挨拶くらい、時間をけちったり、
相手に遠慮してどうするのと思う。
さよならの挨拶こそ、丁寧にしたい。
そこで過ごした時間をきれいに締めくくりたい。
感謝の気持ちを自分の言葉で、
自分の体温で、自分の目線で伝えたい。
今このときのさよならが、
数年後の豊かな気持ちを運んでくれる。
たぶん、さよならはそうやって、
またいつか、温かい気持ちで再会できるために言うのだと思う。
さよならの挨拶は丁寧に言いたい。
さよならを丁寧に言える、そういうお別れをしたいと思う。
では、また。