コンプラ、サンクコスト、政治って

こんにちは、検索迷子です。


斎藤美奈子さんの『ふたたび、時事ネタ』を読了し、
あらためて、斎藤さんの知見の深さに驚いた。

ふたたび、時事ネタ

ふたたび、時事ネタ


本書は、あとがきによると、
2007年1月から2009年12月までのコラムを、
注釈を追加して編まれたものである。
政権としては、安倍晋三福田康夫麻生太郎鳩山由紀夫と、
トップがめまぐるしく交代した時期と重なる。


また、本書の前編ともいえる、『たまには、時事ネタ』は、
2001年から2006年12月までと、小泉純一郎政権の時期だったためあわせて読むと面白いだろう。

たまには、時事ネタ

たまには、時事ネタ


この本を読んで感じたこと3つを書きます。
今日はかなり長文です。要点だけ読みたい場合はスクロールしてくださいね。
1.政治
2.コンプライアンス
3.埋没費用(サンクコスト)

1.政治に好奇心を持たせる話題の仲介者


ひとつめは、斎藤美奈子さんは書評のイメージが強いけれど、
政治、経済のことをこんなにもわかりやすく伝えてくれる人なのだと思ったこと。
経済学部生としていまひとつといった謙遜をされていますが、
本書を読めば、どれだけ学んでいる人なのかがわかります。


秀逸なのが右とか左とかで語られることの多い政治の世界を、
生活者レベルに引き下げてくれて、政治、社会現象を、
用語やデータの解説とともに、とてもわかりやすく説明してくれています。


日ごろまるで政治に疎い私でも、
へぇー、政治ってそういうふうに見ていけば、結構面白いかもと思いました。
政治家の国会演説もこういう突っ込みかたで見れば、楽しそうと。
斎藤さんのような人に、選挙前にいろんなところで解説して欲しいですね。
難しい世界だと思い込んで知らないふりをしていますが、
私たちの生活のあらゆることを決めているのですよね。


余談ですが、選挙演説って平日昼間に会社勤めしている人って、
ほとんど聞けませんよね。みなさんどうやって候補者選びをしているのでしょう。
それが仮に名前の連呼だけだとしても、投票に行って誰、この人?みたいな。
政治の情報って、自分から取りに行かない限りなかなか入らないものです。


政治の話を、普通にできる社会と普通の人に、噛み砕いて話してくれる存在って、
やっぱり必要な気がしました。


2.企業に、コンプライアンスって何?と言えるセンス


私たちはとかく難しそうな用語を、なんとなくそういうものと覚えがちですが、
それを噛み砕いてくれている箇所が多数ありました。
特に、たとえ企業に勤めていない人で社会に流通し始めた用語を、
普通の感覚で伝わる言葉に置き換えてくれています。


たとえば次のようなものです。

老舗が打ち出す「コンプライアンス」の謎

のなかで、表示偽装問題で営業停止だった赤福が、
営業再開日に朝刊各紙に載せた広告が、
「お客様各位 営業再開のご報告」として、
コンプライアンスを連呼した文面だったという内容です。


そして、
コンプライアンスって何?
ときました。
よくぞ書いてくれたという気分です。

意味不明なカタカナ言葉が企業や役所の文書に頻出するのは、いまにはじまったことでもなく、

として、

コンプライアンスにしろコーポレートガバナンスにしろ、耳にするようになったのは今世紀のはじめくらいからである。ただそれは、企業経営に関する内輪の用語だ。経済界の、いわば「業界用語」なのである。そんな業界用語を「お客様各位」への「ご報告」に平然と出す、そのセンス自体が消費者軽視といえなくもない。
(中略)
耳慣れないカタカナ用語に私たちが違和感を抱くのは「それ、自分の言葉で語ってないやろう。どこかから借りてきた用語やろう」という「借り物用語疑惑」の匂いを感じるからだ。


これは企業にいる人間なら、「今さら聞けない用語」の筆頭でしょう。
使うことが常態化しているものです。
組織名称や役割名称として、使っているところも増えてきました。
コンプライアンス室とか、コンプライアンス担当とか。
法務や知的財産担当と一緒だったり、
別だったりしてこの違いも企業ごとに違ったりします。


実際に、企業では入社時(新卒、中途問わず)にこの研修を義務付けたり、
知識の確認テストを行っていたりします。
組織運営上としては、名刺の渡し方やホウレンソウ(報告・連絡・相談)と同じように、
社会人としての基礎知識の一環となりつつあります。
でも、それは大手企業に限定されるかもしれません。


そういう研修を受けるものの、
日常の実際の社員レベルでは、契約書類関係を相手企業に渡す前などに、
コンプラチェック受けた?」みたいに、
単に書類が法的に問題ないかを(うるさく)チェックする部門、
とりあえず、コンプラに流してOKがでればいいんだ程度に考えていたりします。


コンプラ法令遵守だ、と覚えてればいいよ、みたいな空気です。
さらに、遵守は順守でもいいという会社とそうでない会社を私は知っています。


用語を省略するあまり意味が軽くなっている点でいえば、
セクハラ(セクシャル・ハラスメント)と同じような感じです。
余談ですが、企業ではセクハラ対策担当もいたりします。
用語の意味不明な短縮化だけとっても、私たちは言葉を理解できていないのかもしれません。
外来語がへんな日本語になっていくような感覚です。


そういう実態をちょっと笑うかのごとし、
意味不明なカタカナ言葉とざっくり言っています。
自戒もこめて、そうだよなぁ、会社にいないと使わないよなと思いました。


謝罪なり、報告なり、お客様に誠意を伝えるべきタイミングで、
カタカナ用語で煙に巻くというのは、確かにおかしいかもしれません。
誰に一番、どんなことを言いたいのかを完全に見失っていますね。


締めの言葉は、

赤福をレッドハッピー・ライスケークと呼ぶがごとし。

だそうです。


この節を読んで、カタカナ用語で消費者に向かっていく企業は、
それだけで不信感を持たれる業種もあるなと思いました。
少なくとも、企業向け製品ではなく消費者向けのものならば、
用語はもっとやわらかくてもいいと思いました。


3.経済学の埋没費用(サンクコスト)で、社会を見る目


経済学部生だったらこれくらい説明したいと思ったのが、この部分です。
こういうわかりやすい解説、私が学生のころに聞きたかった。

ダム建設は「ムダな公共事業」なのか

で、群馬県八ッ場ダムについて、触れていますがそこで、
経済学の埋没費用(サンクコスト)の考え方を説明しています。
こうやって考えれば、簡単な理論っぽく見えます。
補足で念のためですが、八ッ場ダムは、やんばダムと読みます。

Wikipedia - 八ッ場ダム


八ッ場ダム(やんばダム)は利根川の主要な支流である吾妻川中流部、群馬県吾妻郡長野原町川原湯地先に建設が進められている多目的ダムである。


さて、埋没費用、サンクコストについてです。
私、経済学を学び始めのころにこれを、サンキューコストと間違えてました。
ありがとね、の値段で、マックのスマイル0円みたいな発想です。
これは大きな誤りです。

 経済学には埋没費用(サンクコスト)という考え方がある。回収不能な過去の投資のこと。たとえば自己投資のために、半年間ある講座に通ったとしよう。ところが途中で「この講座には意味がないかも」と思いはじめた。しかし「高い授業料を払ったのに」「半年も通ったのに」と思うとなかなかやめられない。そんな場合、過去は忘れて未来のコストだけ考えろと経済学は教える。ここでやめれば受講料の数万円(これが埋没費用)ですむが、意味もないのに通い続けたらその時間までムダになる。
 ムダな公共事業にもこの考え方が当てはまる。
 使った額と過ぎた時間は回収不能な埋没費用だ。そこに拘泥しても未来はない。「3200億円も使ったのに」「50年もモメたのに」という過去は忘れ、現時点でダムを作る価値があるのかどうかだけを考える、コストの面から考えればそれが正しい。

として、カネ勘定の報道ばかりについて一石を投じる。

ちがうでしょ。ダム建設問題の根っこにあるのは自然破壊と文化破壊でしょ。


埋没費用(サンクコスト)で議論して、
現在必要かという価値で判断するのは、経済学を学んだ人なら少しわかる。
けれど、さらにそのうえで、本質論に立ち返る話に持ち込める点が凄いと思いました。


とかく、始めたことを辞める勇気が持てず、決断が遅れることもありますが、
そもそも、それは何のためにいるのだ、
何のために始めたのだと考えるための材料として、
経済学の理論はあるのだと気づかされます。
理論的な正しさが先ではなく、あくまでも判断するための理論の一つなのだと。



長くなりましたが、
斎藤美奈子さんのこの本は、政治、経済を広くカバーしているという点で、
とてもためになりました。
他にも、「運に左右される裁判員裁判!?」「「のりピー事件」に踊った私たちの暗い欲望」とか、
興味深いコラムもありました。


わかりにくいことを、わかりやすく伝えてくれる本です。
芸能ネタはほとんどありませんが、政治や経済がそういう空気感で読めます。
政治も経済も、用語がわかって背景を一度知れば、
結構流れに乗っていけそうな気がします。


今の社会情勢への無関心度だったら、
明日から戦争が始まりますと言われても、
絶対に気づけないかもしれない怖さがありますね。


では、また。