わからない人と、わかる人をリンク


こんにちは。検索迷子です。


今日のお話は、
わからない場所がわからない、わからなさを伝えられない人と、
わからない理由がわからない、わかっている人を、どう結びつけるかという話、
です。


わからないなら、わからないって言ってよと言われても・・・。


以前、id:ululunさんが、「私が書きそうなネタ」として、
以下のエントリーで、とてもいい内容をを書いていらっしゃいました。

http://d.hatena.ne.jp/ululun/20090731/1249024443
[雑感]「わからない」事を探す事の難しさ

最近絶賛愛読中のid:kensakumaigoさんが書きそうなネタ。


これを書いていただいてからずっと、
私だったらどう、このテーマで書くだろうと思ってきました。


ululunさんは、「わからない」事を探す、ということについて実際の事例をもとに、
とても説得力がある内容を書かれていましたので、
同じテーマで書きたいけど難しいなぁと思っていました。


それで、少し視点を変えて、
今日は、「わからない人とわかっている人の、気持ちをつなげる」ことについて書きます。




私は、「わからない人」と「わかっている人」の間にいる仕事に、いつも関わっています。
検索迷子である自分は、自分がわからなかった経験をもとに、
今はその中間で、両者の仲介役や橋渡しの仕事をする役割をしています。



社内外に関わらず、どういう人たちの間かというと、
たとえば、


ものづくり会社の組織員としての立場とお客様、
新人さんと先輩社員、
いろんな雇用形態(アルバイト、派遣社員契約社員など)の人たちと正社員、
中途社員とその会社の生え抜きの人たち、
学歴、職歴、組織規模経験など基礎スキルの違う人たち、
国籍が違う人たち、
職種や役職が違う人たち、
とくに、エンジニアと開発言語のわからない現場担当、
この組み合わせが最も多いかもしれません。


パターンはあげればきりがありません。


つまりは、
わかっている人と、わかっていない人の情報のやりとりや、
コミュニケーションによる誤解が生まれないようにしてきました。


そして、悲しいことに頻繁に耳にしたり、目にするのが、
わかる人は、
わからないならわからないって言ってよ、と言い、
わからない人は、
わかるように教えてよ、と言う、
まるで接点の見えない双方の言い分とストレスなのです。


声を荒げあったり、第三者に愚痴ったり、
こんな状態では、いいものづくりは程遠いといった絶望感にさいなまれます。


いいものづくりをするために、
この場に集って、出会って、一緒のチームになったのに、
こんなやりとりを聞くと悲しくなってしまいます。


どうわからないかはわからない。でも、わからないと言おう。


以前の私は、わからないことをなかなか言い出せない一人でした。
ネットでも実作業でも、情報からの検索迷子になり、
一人で解決をしようとして余計に深みにはまり、心のなかで不機嫌になっていました。


それを表面はつくろって、根本の原因は放置して、
なんとなくやりすごし、何か月も経ってから同じ話題になったときに、
「実はそれ、わからないです」とカミングアウトをして、あきれられていました。


でもそんなやり方を続けていても仕事に支障があるため、
あるときから、開き直って、わからないことは最初にそう言うようになりました。
また、自分はこう解釈したけど、あっているのかをすぐ口に出すようになりました。
これができるようになってから、心が軽くなりました。


わからないって、まずはわかる人の胸を借りよう、
わからない箇所を、わかる人に解析してもらおうと思いました。
わかる人にしか、わからない部分を明確に切り分けてもらえないのだから、と。


検索迷子は、わからなかったときの気持ちを忘れない。


私は今では、マニュアルをチェックする役割をしています。
あまりの鈍さがテスターとしてはいいようで、
いつのまにか、最初にチェックを頼まれるようになりました。


相変わらず、オペレーションが鈍い私は、しょっちゅういろいろ間違えます。
そのため、
「私が間違えないマニュアルを一発で作れたら、それはいいマニュアルだ」と言われます。
何かのインストールを一度でできると、「やった!何も指摘されなかった」と喜ばれます。


これは当初、私がという一人のPCスキルが低い個人がターゲットだったのが、
今では、「初心者が誰でもわかるマニュアルを」という意識の変化になりました。
検索迷子の失敗も、誰かの役に立っているのです。


わからないっていう意味がわからないと、私に言った人もいます。


でも、わからない人を救えるのは、わかっている人だけなのです。
なぜなら、
わからない人は、問題の切り分けすらできていないのですから。
わからない場所がどこかも言えないのです。


私がわからない人の気持ちが想像できるのは、
自分もわからない一人というのもありますが、
わからなかったときの気持ちを忘れない、ということに尽きると思います。
多くの人は、わかった瞬間に「わからなかった時代、新人時代」の自分を、
過去のどこかに置いてきてしまいます。


でも、私は、こういう間違いをした自分というのを忘れず、
間違いサンプルとして、自分のなかに事例を貯めています。
それでも当事者としては、今でも学習できずに間違えるのですが、
客観的にチェックするときは、間違えそうな場所はすぐにわかります。


なぜ、検索迷子はわからない人と、わかる人を結びつけたいか。


その理由は、シンプルです。


まず、目的が明確にあります。

  1. ものづくり会社として、正しい情報をお客様に伝えて信頼されたい。
  2. 会社としてミスによる損失を出さないようにしたい。


その目的を共有した状態で、作り手やわかっている人の意識を、
根気強く話をして、変化させていきます。

  1. 作り手やわかっている人が、わからない人にうまく伝えたほうが合理的である。
  2. わからない人をわかる状態に導けるのは、わかっている人だけ。
  3. 知っている人が意識を高めることで、わからなくなる原因を生まないようになる。
  4. 責めたり否定するのではなく、どうしたらわかるのかを常に考えるようになる。


そういう人たちが教えあう場に時にかかわり、時にそばで見守ってきました。
一つの仕事を一緒にする人数が、数百名のことも、数名のこともありました。
また、インターネットサービスを作っているときは、閲覧者数も膨大でした。


たくさんの人たちのわからないという声に立会い、
たくさんの人たちのわからないを、わかったという声に変える瞬間を見てきました。


わからない人は、わかる人にいろんなことを教えてくれます。
いいものづくりのために、
わからない人と、わかる人が批判しあうなんて、ナンセンスな時間は減らしたいなと思います。
だから、検索迷子はここの場で、その仲介をしようと毎日いろんなことを書いています。




では、明日。またここで。


検索迷子